まさきちはる、まさきちはる、まさきちはる。
咀嚼して自分の名を呑み込んだ。
すなはら、りゅうすけ、すなはらりゅうすけ、すなはらりゅうすけ・・・。
何度も噛むようにその名を呟けど、嚥下する事は出来なかった。
そいつは、胸の内ポケットから、真っ黒な細身の万年筆を取り出しながら
「名前、フルネームで。」
すい、と、万年筆と自分の左の手のひらを差し出した。
受け取った万年筆のキャップを外して、そのまま手のひらに突き刺そうとしたら、わかってますよ、と言わんばかりにひらっとかわされた。
「いーから、素直に書け。」
さも大儀そうにゆっくりと
柾木千春
そうしたためてやった。
「へえ・・・。」
まじまじと自分の手のひらに書かれた名前をみて
「まさき ちはる。」
名前を読み上げられた瞬間、すんなりと
あぁ、俺は柾木千春なんだ、と。
初めての感覚だった。
他人に名前を呼ばれて己を認める感覚。
我に返って「てめえ、下の名前で呼んだら殺すからな!」
凄んでみても
「わかってる、柾木、手え出せ。」
言われるが儘に馬鹿が手を差し出すと
くすぐったいのを通り越して、脊髄に電気がぴりりと走るような甘さで
「砂原竜介、だ。」
右の手のひらにしたためられたその文字は
自分のより遥かに大人びていて癪に障った。
そんなこんなで、俺たちの関係は始まった。